今、ヨーロッパで難民のことが大きな話題になっている。
紛争や迫害から逃れるために国を出る。
『生きる』か『死ぬ』かの問題に直面した人々が国外に出る。
自分のために。家族のために。
難民の人々が故郷の国を出る理由は多々あるだろう。
彼らが抱える問題は、我々の想像ができないほど大きくて深い。
さて今回は、オレたちが旅先で出会ったある家族の話をしたい。
その家族とは生まれ育った国を出るという選択をした一家だ。
厳密にはその家族は難民とは言えないかもしれないが、
国を出た彼らの言葉には自分の人生を考えさせられることが多々あった。
モンテネグロ南部の町ウルツィニという街で
ある家庭のお宅に宿泊した。
彼はその家庭のお父さん、アレクセイ。

なんかこうロシア人みたいな名前だな~って思ってたら、
実はロシア東部の都市ウラジオストク出身の人だった。
ウラジオストクは日本に近いからか、
アレクセイは日本や日本人に親近感を持ってた。
また、オレと彼が偶然にも年が近かったこともあって、
すぐに仲良くなった。
そして、色々深い話を聞くことになった。
アレクセイには奥さんと2人の子どもがいる。
彼らはサンクトペテルブルクに住んでいたが、
2年ほど前にモンテネグロに移住することに決め、
家族みんなでロシアから出てきたのだそうな。
何故ロシアを出たの?
どうしてモンテネグロに?
様々な疑問が頭をよぎった。
理由を聞くべきか聞かないべきか一瞬悩んだが、
彼の方から話してくれた。
恐らくアレクセイは自分の気持ちを誰かに伝えたかったのだろう…
ウラジオストクで生まれ育ったアレクセイは、大人になってから
ロシア西部の大都市サンクトペテルブルクに移り住んだ。
そして、冷戦真っ只中の旧ソ連時代から
ペレストロイカを経てロシアへという激動の時代の様子を、
彼はその目で見てきた。
そんなアレクセイはいつの頃からか、
自分の国で行なわれてることに疑問を持つようになったのだそうな。
1983年、大韓航空の旅客機を
ソ連軍の戦闘機が撃墜するという事件が起こった。
当時、少年だったアレクセイは地元ウラジオストクの海岸に
流れ着いた大韓航空機の残骸を沢山目にした。
そしてその残骸の前で
「敵をやっつけたぞ!俺たちの国は強いぞ!」と大騒ぎをして
喜んでる大人達が大勢いたことに、彼は衝撃をうけた。
何故この大人たちは笑っていられるんだ?
この飛行機は戦闘機とか爆撃機みたいな軍用機じゃない。
どう見ても普通の旅客機だ。
ということは、乗ってたのは一般人で
僕と同じような子どもとかもいたのかもしれない…
当時このニュースは世界中で大きな話題になったものだが、
それは彼が住むソ連でも同じだったようだ。
だがしかし、当時のソ連では
「大韓航空の旅客機がソ連の領空を侵犯したから撃墜した。」
というだけの報道だったらしい。
その時アレクセイは子どもだったけど、
自分の国がやってることに強い違和感を感じたんだそうな。
そしてそれは、ソ連からロシアに変わった今も同じだと彼は言った。
国の体制は変わっても、一部の人間が国の権力を牛耳り
世界に対して自国の力を誇示しようとするのは変わらない。
そして国民の暮らしは酷いまま。
国は国民のことを全然考えてない。
例えばさ、こないだロシアのソチで冬季オリンピックやったよね。
そのチケット代がロシア国内で幾らぐらいだったか知ってるかい?
競技にもよるけど1枚のチケットが200から500ユーロぐらいしたんだよ!
(注 ロシアの通貨はルーブル。しかしアレクセイは
オレにわかりやすく説明するためにユーロ換算で話してくれた。)
ちなみにサンクトペテルブルクにいた頃の俺の月給は約800ユーロ。
サンクトペテルブルクはロシアの中じゃ稼げる街だから、
そこで働く人の月給はだいたい1000から600ユーロぐらい。
でも他の都市ならもっと稼ぎは少なくなる。
そんな俺たちロシア国民が、どうやったらチケットを買って
オリンピックを見に行けるってんだい?
プーチンは言ってた。
ソチオリンピックは全ロシア国民の生活を向上させるとか、
オリンピックは国民のためにやるんだってね。
だけどそんなのは100%ウソだ!
一握りの金持ちしか競技を見に行けないし、
ほんの一部の人間しかオリンピックの恩恵を得られない。
下手すりゃ旧ソ連時代の方が良かったかもしれない。
当時は多くの人々の間に貧富の差がほとんどなかったからね…
ロシアという母国に対し、
納得のいかない気持ちが大きくなっていったアレクセイ。
それでもサンクトペテルブルグで職と家庭を持ち
ごく一般的な生活していた彼だったが、
大きな問題に直面してしまった。
彼の娘さんがある難病を患ってしまったのだ。
しかもその病を診れる医者はロシアには一人もおらず、
1番近くてもドイツまで行かなければならないという大変な事態。
さらに、ロシア人である彼らはビザの関係で簡単にはドイツに行けない。
ロシアに住んでいるが故に、
そして自分がロシア人であるが故に
このような問題にぶつかってしまう。
ならばロシアを出よう!と決めたのだそうな。
でも何でモンテネグロに??
(ちょっと長くなっちゃったんで次回に続きます!)
🌍 この旅の裏側について
旅は、その場の出来事だけでできているわけではありません。
どこに向かうのか。
どこにとどまるのか。
何を選び、何を手放すのか。
そのひとつひとつに、
私たちなりの判断基準がありました。
この旅をどう組み立て、どう歩いてきたのか。
その思考の流れをひとつにまとめています。
▶︎『目的地を決めない旅の作り方』
