両親と別れた後、再び2人でドブロブニク巡りをスタート。
城壁沿いの道を歩く。

昨日は城壁の上。今日は城壁の下。
上と下では見えるものが違ってくる。
どっちも面白い。
ドブロブニクの東側の門を出て城壁の外へ。

今でこそこの橋は固定の石橋だけど、門の部分をよく見れば
昔は木の橋を上げ下げしてたんだろうな〜ってのが想像できる。
城門と橋を離れた所から見れば、
ドブロブニクの城壁が街をぐるっと取り囲み、
かつ城壁の周りは海で囲まれてたのがわかる。

現在、橋の下は陸地になっている。
そこには道路があり駐車スペースや公園として利用されてるけど、
昔は海だったわけだ。
ようするに、ドブロブニクは海に浮かぶ要塞だったんだよね。
15〜16世紀には商業と文化の中心として栄えたこの街は、
『アドリア海の真珠』と呼ばれるきれいな町並みを持ち、
現在は世界遺産にも登録されている。
オレは見たことがないからよくわからないんだけど、
ジブリの映画『紅の豚』の舞台になってる場所らしいね。
まー何しろ素敵なとこだ!
そんなドブロブニクを見渡せるという、スルジ山に登ってみた。

歩いても登れるらしいけど、
ちょっとしんどそうなんでロープウェイに乗ってみた。
頂上につくと…

この景色!
太陽が出て天気が良ければ、もっと海が青く見えて
ドブロブニクの街がオレンジに見えてきれいなんだろうけど、
まぁ良しとしよう!!
それにしてもホントにきれい。
だけど実は…
このきれいな景観を誇るドブロブニクは、
ユーゴスラビア内戦時に受けた砲撃のために
ほんの少し前まで酷い状態だったんだよね。
スルジ山に登るために利用したロープウェイも内戦時に壊され、
営業を再開したのはほんの数年前という話なんだそうな。
山頂付近には砲撃を受けた跡がそのまま残された場所もある。

まさに戦争の爪痕だ。
ちなみにこれは内戦時のドブロブニク旧市街の被害を表す図。
(写真をクリックしてぜひ拡大して見てほしい。)

ちょっとわかりにくいけど、
黒と白の三角(▲△)と黒い丸(●)は砲撃の被害をうけた場所。
そして赤い場所は火災が発生した場所だ。
ほとんどの建物が被害を受けているのがわかるよね。
もし戦争が起きれば、こうなるってことだ。
そしてもし戦争になれば、建物が壊れるだけじゃない。
尊い命が奪われるってことだ。
ここは20数年前、戦場だった。
それを忘れちゃいけない。
人類はこれまで、戦争という愚かな過ちを何度もしてきた。
だから人類は学んできたはずだ。
どんな理由があろうとも、戦争をしてはいけないということを。
しかし、人類はいまだに戦争を続けてる。
悲しいがそれは事実だ。
だが、ドブロブニクの人々は20数年前のことを忘れてない。
そして戦争の怖さや恐ろしさを伝え、
同じようなことが永遠に起こることがないように願ってる。
オレたち日本人も、絶対に忘れちゃいけないことがある。
東京や大阪、名古屋など多くの都市が
空襲によって焼け野原になったことを。
広島や長崎の原爆を。
沖縄が戦場になったことを。
神風特攻隊のことを。
シベリア抑留のことを。
捕虜にならないために、
自決を選ばなければいけない人が沢山いたことを。
兵士だけでなく、子どもや女性、おじいさんやおばあさん、
多くの大切な命が戦争で失われたことを。
生き残った人々も、その後どれほど苦しみながら生きてきたかを。
あげればキリがない。
世の中から戦争がなくなることはないかもしれないが、
日本が自ら戦争ができるような国になる必要はないとオレは思う。
ドブロブニクは世界に平和を訴えてる。
そんな気がした。
クロアチア語でありがとうは「フヴァーラ」
今日も読んでくれてありがとう♪ フヴァーラ\(^o^)/


