今日はクロアチアのドブロブニクを出て、
隣の国モンテネグロのコトルという街に向かう日。
移動はいつものごとくバスだ。🚌

今日はちょっと天気が悪い。☁
移動の日は荷物を持って歩くから、雨は降らないでほしいんだけどな~
ドブロブニクの街が遠ざかる。

ドブロブニクはきれいだったし、いつかまた来たい街ではある。
けれど、クロアチアという国自体は随分観光地化してて、
残念に感じることも少なくなかった。
クロアチアを訪れる観光客は年々増加してるだろうし、
観光客相手の仕事で収入を得ている人も多いだろうから
それはそれで仕方がないことなのかもしれない。
でも、普通の人の暮らしが見えにくかったのはちょっと寂しいかな。
次の国、モンテネグロに期待だね。
バスに乗って2時間半後、コトルのバスターミナルに到着。
実はこの日、バスに乗ってる途中で雨が降り出してきて
コトルに着いた時にすっごい土砂降りになってた。☔
うわぁ~~~最悪。
とてもじゃないけど歩ける感じじゃない。😞
なのでしばしバスターミナルの待合室で雨宿り。
待合室で雨が弱くなるのを待ってたら、
たまたまそこにいた男性と話をすることになった。

優しく微笑む彼だけど、
彼が話してくれたこと非常にヘビーなものだった。
以下は彼の言葉だ。
私はパスポートを2つ持っている。
理由は、私の両親は別の国の人だから。
元々はユーゴスラビアという1つの国だったけど、
今は6つの別々の国に分裂してしまったんだ。
私が生まれたとき、ここはユーゴスラビアという国だった。
だから私はユーゴスラビアのパスポートを持ってた。
その頃は父の国も母の国もユーゴスラビアの一部だったから、
私のパスポートは1つだった。
でも国が分裂した今、両親は別の国の出身だったから、
2つの国のパスポートを私は持つことになったのさ。
私の体には父の国と母の国、2つ国の血が流れてるからね。
仮にその2つの国の名前をAとBにしよう。
AのパスポートでもBのパスポートでも、
ABどちらの国へも入ったり出たりするのは全く問題ない。
だけど…
例えばCという国に行こうとした時、
Aのパスポートなら入国できても
Bのパスポートだとダメってことがあるんだよ。
もちろん、その逆もある。
だから私はAB2つのパスポートを使い分けて他の国に行くのさ。
何故ならABどちらも国内にあまり仕事がないから、
他の国に出稼ぎに行かないといけないんだよ。
ユーゴスラビアから内戦を経ていくつもの国に分裂し、
その内の幾つかは経済的によくなった国もある。
しかしそれ以外の国は相変わらず経済的に厳しく、仕事がなく、
故に私のように出稼ぎに行かねばならない人が少なくない。
また、分裂後に経済がよくなった国では貧富の差が広がり、
それが大きな問題になっている。
ユーゴスラビアの時代、
物資は十分とは言えなかったが人々の間に貧富の差はそんなになかった。
そして何しろ、内戦が始まる前は文化や宗教が異なる民族同士が
争うことなく仲良く暮らしていたんだよ…
彼の言葉は、彼個人の気持ちなのはもちろんだが、
内戦や国と国との争いといったものに
人生を翻弄された人達の気持ちを代弁したものと言ってもいいだろう。
とても切ない気持ちになった。
そしてそれは、これまで旅をしてきたボスニア・ヘルツェゴビナや
セルビアといった国々でも同じように感じてきたものだ。
人と人の争いによって、何が生まれたのか。
悲しみ、怒り、憎しみ、絶望、死…
何もいいことがない。
3人とも言葉が出なくなった。
彼の話を聞いている間に、
いつの間にか大降りだった雨が弱くなってきた。
どちらからということもなく
「いつの日か、どこかで会おう!」とお互いに声をかけ、
オレたちはコトルの町に、彼は自分が乗るバスへと歩いていった。
いつかどこかで再び彼と出会った時には、
今は随分良くなったね!と
笑顔で話せるような世の中になっててほしいな。
そのためには、
今日の出会いで聞いたようなことを誰かに伝えていくべきだよね。
世界の平和のために。
全ての人々の未来のために。👊
モンテネグロ語でありがとうは「フヴァーラ」
今日も読んでくれてありがとう♪ フヴァーラ\(^o^)/
🌍 この旅の裏側について
旅は、その場の出来事だけでできているわけではありません。
どこに向かうのか。
どこにとどまるのか。
何を選び、何を手放すのか。
そのひとつひとつに、
私たちなりの判断基準がありました。
この旅をどう組み立ててきたのか。
その思考をひとつにまとめています。
▶︎『目的地を決めない旅の作り方』


